アメリカザリガニ

子どものころ川へ行って、アメリカザリガニを取りに行きました。

アメリカザリガニと言うからには外来種で、二ホンザリガニもいるらしいです。

アメリカザリガニは色が赤く、二ホンザリガニは暗い褐色なので、私が捕まえていたのは赤いザリガニ。すなわちアメリカザリガニです。

別にえさを使って捕まえていたのではなく、糸の先に割りばしを折ったのをつけて近づけると、勝手にはさみで挟んでくれるので、そのまま吊り上げます。

捕まえてどうするかというと、別に食べるわけでもなく、バケツにしばらく入れておいて、帰るころにはまた逃がします。

食べないと言いましたが、4年ほど前、中国へ出張へ行ったとき、エビの鍋が出てきました。でもどう見てもザリガニ。茹でて赤くなってしまっているので、アメリカザリガニなのか、それとももしかして中国ザリガニがいるのかわかりませんが、大きさ、形からしてどう見てもザリガニ。。。

一緒に行った日本人とも。「これザリガニだよね」と言って食べました。さすがにあまりたくさんは食べられませんでした。味はあまり覚えてません。

当然エビの方がおいしいです。

別の鍋はカエル。さすがにこれはちょっと私はダメでした。

 

アメリカでもロブスター食べました。あれもエビというよりは大きなザリガニ。

これも伊勢エビの方が断然おいしいと思います。

 

カニ v.s 伊勢エビだといい勝負、あるいはカニの勝ちですが、

ザリガニ&ロブスター v.s カニ&イセエビのタイトルマッチでは、私としては文句なくカニ&伊勢海老チームの勝ちですね。

 

 

 

馬乗り

今はそんな遊びがあるかどうかわかりませんが、小学校の時、馬乗りという遊びがありました。

二つのチームに分かれて、まず一人が壁に背を向けてこちらを向き、その股の下へ次の人が顔を下にして突っ込み、またその人の股の下に突っ込み連なっていきます。

ちょうどラグビーのスクラムを一列にした感じ。これを馬と呼びます。

何人かが連なったところで、別のチームが一人一人跳び箱のように一番後ろの人の背中に手をついて飛んで、一列にスクラムを組んでいる側(馬)の背中に順番に飛び乗ります。

ほんとはもっと細かなルールがあった気がしますが、基本的に落ちたら飛び乗った人の負け。(下の馬になっている方は揺さぶって落とそうとしてもよい)

前の人が落ちなかったら、次の人がまた飛び乗ってきて、つぶれたらスクラム組んでいる方の負け。

飛び乗られる側は、重たい人が来ると、ヒイ~と身構えます。

また軽くても実の軽い奴は一度思いっきりお尻をあげて、弾みをつけて下ろしながら飛び乗ってきます。

言うなればジャンピングケツドロップ!

馬側はかなり背骨や腰骨にダメージを受けます。

飛び乗ってくる方の骨盤と背骨がまともに当たったら背骨がずれてしまいそうですが、こんな危ない遊びを昔はやっていたのに、怪我するってことはほとんどなかったです。

子供だからだったのか、昔の子供は骨が丈夫だったからなのかどうだったんでしょうね?

今の子供たちがやったらどうなるんだろう。。。。

牛乳瓶のふた

今は牛乳は紙パックに入ったものがスーパーで売られていますが、それまでは牛乳瓶に入っていて、朝牛乳配達の人が、毎日注文した分だけ届けてくれていました。

 

今でも古い銭湯に行くともしかすると、冷蔵庫に入って売っているかもしれません。

牛乳はなくても同じ瓶で、フルーツ味の甘ーいジュースのようなヨーグルトのようなものが売っているかも。

 

その牛乳瓶には上には紙のふたが付いていました。

最初はその蓋がピタッと瓶にはまっていたので、専用の太さ1~1.5mmほどの針が先についた蓋開けTool が必要でしたが、いつからか蓋の横に少しつまむところができて、そこをつまんで引っ張れば開けられるようになりました。

ちょうど、カップのアイスクリームの蓋と同じです。

 

その牛乳瓶の蓋を、平たいテーブルの上に置いて、手を使わずに、思いっきり口で「パッ!」と声を出すと、その声の衝撃派で牛乳瓶の蓋がパコっとひっくりかえります。

 

子供の時みんなで牛乳瓶の蓋を持ち寄って、自分の蓋をテーブルに置き、順番に「パッ!」と言って蓋をひっくり返す遊びをやっていました。

 

ルールはひっくり返ったら相手の蓋がもらえるだけの単純なものです。時には人のはひっくり帰っても自分のもひっくり返ったらダメとかルールを決めたりしてました。

 

ある日、同じように遊ぼうと近所の子供たちと集まりました。

テーブルに表(牛乳メーカのラベルが印刷してある方)を向けて5~6枚の蓋を載せ、最初私の番。「パッ!」言った瞬間、普通は1~2個ひっくり返ればいい方なのですが見事にすべての牛乳瓶の蓋がひっくり返り、総取り。

 

しばらくそのことは子供たちの間で語り継がれました。