プラモデルとフィギュア

プラモデル

子供のころプラモデル作ったことある人多いと思います。

でも、私はおこづかいも少なく、買ってもらうこともあまりなかったので、ほとんど作ったことがありません。あっても2~3個かな?

一つだけ覚えているのが、スポーツカーのプラモデル。モータ付きで電池を入れて走るやつです。

私の場合、プラモデルは作る過程が面白いのであって、出来上がってしまうとそのあとどうやって遊んでいいのかわかりませんでした。

凝っている友達なんかは、ちゃんとプラモデル用の塗料も持っていて、色塗って飾ったりしてましたけど、私はそこまでするほどの情熱はありませんでした。

上記のスポーツカーのプラモデルも、走らせているうちにどこかにぶつけて壊れてもうお終い。

そういうことをするもんだから、「プラモデル買ってもどうせ後で壊すだけ」と言われて買ってもらえなくなりました。

フィギュア

なぜかウルトラマンシリーズの怪獣フィギアが子供のころ何個か家にありました。懐かしいところで怪獣ブースカとか。

私が買ってくれと言った覚えは全くなく、もしかししたら弟に買ってあげてたのかな?

私たち兄弟が大きくなったころに、いつの間にかなくなっていたので、どうしたのかと思ったら、母親が友達か誰かの子供にあげたそうです。

そのころはフィギュアの買取とかなかったので、いらなくなったものは捨てるか上げるしかなかったのですが、もし今ブースカとかあったら高く売れたかもしれないのになぁ。。。

おでん

関西ではおでんのことを関東煮(「かんとに」と「かんどだき」)と呼ぶこともあるようですが、今でははんぺん、大根、ゆで卵、がんもどき、タコなどを醤油味のだしで煮たものをコンビニで「おでん」と呼んでいるので、この話はそのおでんの思い出。

 

小学校5年生のころ、公園で遊んでいると時々屋台のおでん屋さんがやってきました。

公園にやってくるのでお客は当然子供たち。

 

またまた例によってお小遣いのない私は買うことができず、なぜか子供のくせにお金を持っている一部の子が、金魚袋より少し大きめのビニール袋一杯におでんを買って、おやつとして食べてました。

 

そして買うことのできない子供たちは、おでんを買った子のビニールの端っこに穴をあけてもらって、汁だけを味わせてもらうと言う、今思うととても浅ましいことをしていました。

私もその一人です。

 

このおでんの出汁がとてもおいしくてたまりませんでした。

ただ、これは例によって子供のころの味覚の美化かもしれません。

今と違って、外食をほとんどしないので、屋台の味と言えど新鮮でおいしく感じたのでしょうね。

 

確か一度だけ、お小遣いをねだって、一番安いはんぺんを買った記憶があります。

出汁がおいしかったので、きっと具のおでんは、たとえ安いはんぺんと言えどもおいしいに違いないと期待していた私は、ふわっとした蒲鉾に空気を入れてアワアワにして固めた感じの歯ごたえと、思ったほど味のしみていないはんぺんにがっかりしました。

 

きっと今のコンビニのおでんの方がおいしいに違いないと思います。

 

 

はじめに

本ブログは団塊の世代より少しあとの1960年代に生まれ、TVゲームが出始めたころにティーンエイジを迎え今に至る、アラ還暦のダンディになり切れない男が書いています。

 

同世代の人と昔の話をすると、「そうだったそうだった」と共感してくれる場合と、「そんなのあったっけ?」と言われる場合があります。

私の場合、後者が多い気がして、私の記憶がおかしいのか?と思うことがあります。

 

同世代でない年下の人と話をした場合、だいたい4歳以上離れると、見ていたテレビも遊びも異なるためか全く話が通じません。

 

そもそも、年下の人に私の子供のころの話をしてもあまり興味がわかないと思います。

私自身が親世代のお年寄りから「昔は~」、「戦争の時は~」の話を聞かされても、全く映像が頭に浮かばないと、どう対応していいのか悩むことも正直あります。(中には興味深い話もありますが)

 

そうと分かっていてこれを始めたのは、このブログを見て、覚えていたのは私だけじゃなく、もしかしたら「あったあった」とか「そうだったそうだった」と思ってくれる人もいるかもしれないと思ったからです。

 

聞く相手が興味ないのに話し続けるのは迷惑でしょうが、書かれたものを読む読まないは読み手に選択肢があるので、ブログならだれにも迷惑かけないし。。。

 

と言うことで、次回から思いつくまま書いていきます。

 

よろしくお願いします。