メガネ

今ほ日本人の7割以上の人がが眼鏡やコンタクトレンズ等で視力矯正しているそうです。

私もメガネかけてます。

 

私が眼鏡をかけるようになったのは、中学2年生ごろです。そのころ眼鏡をかけるとなんか勉強ができて、カッコいいと思っていたので、目が悪くなって眼鏡をかけるようになって正直うれしかったです。

でも、今となると当然目は良いに越したことはありません。

もともと近視から始まったのに今は乱視と老眼が入り、眼鏡なくては遠くも近くも見れません。

 

老眼で近眼の人は、眼鏡を取ると老眼鏡がなくても小さい文字が見えるのですが、私の場合乱視が入っているので、見えることは見えても字に影ができたように見えてしまいます。

 

娘も近眼だったのですが、レーシック手術を受けて直りました。

娘は海外に住んでいて、そこでもレーシック手術はやっているけどやっぱり日本の方が信頼できるということでわざわざ日本へ帰ってレーシック手術をうけました。

レーシック手術は保険が利かないので海外から来ても値段は同じ。

 

やる前は、もし失敗して目が見えなくなったらどうするんだと少し反対しましたが、言うことを聞くような娘ではなく、一人でレーシック手術の所へいってさくっと済ませてきました。

幸い問題なく手術は成功し、今は快適な眼鏡なしライフを楽しんでます。

 

娘がやったすぐ後に、知り合いがレーシック手術を受けて、目の表面に作成したフラップをペロッとはがしたあとに、角膜が薄いとかなにかの理由で、手術が中止され、プラップを戻して終わったそうです。

結局視力は良くならず、痛い思いしただけ。

それでも目が見えなくならなくてよかったよかったでした。

 

私はレーシック手術を受けたことも、コンタクトしたことがありません。

レーシックはやっぱり怖いし、コンタクトは自分で手を目に入れてコンタクトレンズを外すことがどうしてもできそうにないからです。

 

上記は否定的な理由ですが、肯定的な理由は、自分の顔は殺風景なので、眼鏡をかけた方がアクセントができていいいので。

最近はレンズなしで眼鏡をファッションの一部としている人がいますが、そんな感じです。

 

一つ不便なのがサングラス。

目が良ければ、度付きでないサングラスを結構安いのから買えるのですが、目が悪いとどうしてもコンタクトをしてサングラスをかけるか、度付きサングラスを買うかの二通りしかありません。

先にいったように私はコンタクトレンズをしないので、度付きサングラスだけが選択肢です。

 

今日、炎天下サングラスを忘れ、途中のお店で1000円ぐらいの安いサングラスが売ってましたが、日光はさえぎることができても、前がぼけて歩けないのでは意味がありませんので、買うのやめました。

実は私の眼は黒いので、茶色っぽい人よりは日光に強く、サングラスなくても何とか過ごせました。車の運転するとなるとサングラスあった方が見やすいですが、今日は歩きだけだったので問題なし。

 

でも、紫外線から目を守るためにもサングラスはかけた方がいいと思います。

昔ゴルフ用に眼鏡市場でスポーツサングラス作ったのですが、レンズが小さく、別の店に次のサングラスを作るためにもって行くと、こんなにレンズが小さいと、結局そのサングラスによって瞳孔が開いているところに、回り込んだ日光が目に入ってくるので良くないと言われました。

 

サングラスを作るときは、なるべく大きめのレンズがおすすめです。

 

パソコン

今や大抵一人が一台持っているパソコン。

もしかして持っていない人でも、少なくともスマホや携帯端末からインターネットへアクセスして、LINE、Facebook等を使っているのではないでしょうか。

 

パソコンは言うまでもなく、パーソナルコンピューター。コンピューターを個人で持つようになったのは約30年ぐらい前。

それまでは大型コンピューターを共有して使っていました。

もちろん今も大型コンピューターは学術研究用にありますが、それをまじかで見ることはほとんどないと思います。

 

私が学生の頃は、学校にあるコンピュータールームで、大型のコンピュータにプログラムを書き込んんで、動かしていました。

コンピューターは熱を発するので、必ず空調の入った部屋に設置されます。

学校のコンピュータールームは同様の空調システム下にあり、他の教室に空調が完備されていない夏は用がなくても涼みに行ってました。

 

さて、プログラム言語は今はもうきっと使われていないフォートランという言語。(と、思って調べると、今もスーパーコンピューター用の言語として使われているようですね。すごい。)

当時は一行を一枚のパンチカードと言われる紙に穴をあけて、記載し、それをコンピューターに読み込ませるものでした。

まだ、フォートランは人間の言語に近いものですが、アセンブラ言語になると、コンピュータのメモリやレジスタという、コンピューターを構成するハードウエアまである程度理解しないと書けないので、一時期学ぼうとしましたがあきらめました。

C言語もポインタがわからず、やっぱりくじけました。

 

しかし、フォートランを学んだおかげで、よく似たBasicと言う言語は理解しやすく、今でもMicrosoft Officeのアプリに組み込まれているVBA(Visual Basic Application) にも応用が利くので、30年以上たった今でもExcelにVBAを使って、入力フォームや自動集計させるプログラム作ることができます。

 

今は、WindowsもApple OSも、プログラムを組む必要なく、アプリケーションが使えて便利な時代になりました。

こうやってパソコンで日本語が打てるようになるまでにも、いろいろ進歩がありました。

専用日本語ワードプロセッサーに始まり、NECの98シリーズに日本語専用のROMを積んで、パソコン上で日本語が打てるようになり、パソコン用ワープロ 一太郎等のアプリが出て、日本語変換がソフトで可能になったDOS-Vパソコン。

 

また、OSもMS-DOSからアプリを立ち上げるコマンドを打ち込まなくても、WindowsやApple OSでアイコンをクリックするだけで、2つ以上のアプリを同時に操作できるようになりました。

 

と、いまさらコンピューターの進化について語ったところで、もっと詳しい話がインターネットを見れば載っています。

こうなると、何でもかんでも人に聞くより、ネットで調べればいいじゃんの時代。

これもパソコンとインターネットのおかげ。

昔話という言葉はなくなって、いずれ昔の記録 On インターネット になり、誰も昔の話しなくなるかも。