レコード

今はいろんな音楽メディアがありますが、始まりはエジソンの発明したレコードですよね。

CDが出てくるまで、ミュージシャンが音楽を世間に配布する媒体はレコードかテープでした。

針とレコードがこすれた音や、傷やゴミでパチパチと言うノイズが乗るのがレコードの特徴と言えば特徴。

CDにデジタル化して録音することによりノイズがほぼ0と言っていいぐらいにないのに比べると、余計な音がして音楽を台無しにしてしまうのですが、それも古き良き時代です。

レコード針は使っていると摩耗してくると丸くなってしまうので、時々交換しないと行けませんでした。

針はサファイアとかの宝石でできていましたかが、プラスチックのレコードに何回もこすれるとやっぱり摩耗してしまうでしょうね。

よく見るレコードは黒で厚さ2ミリぐらいのプラスチックでしたが、ソノシートと言われる、片面だけに音楽が入っている、厚さ1ミリもない、ぺらっぺらのレコードもありました。

よく雑誌のおまけにもついてくることがあったぐらいなので、原価はものすごく安いと思います。

色はいろいろ自由につけられるようで、赤とか青とか黄色のソノシートもありました。

あるとき何かのアニメの主題歌(多分アイアンキング)の入ったソノシートを学校にもって行ったとき、割れないように何かに挟んでたつもりなのですが、見事に割れてしまったことがあります。

レコードは結構強いのですが、ソノシートはペラペラなので割れやすいです。

今割れずに持っていたらプレミアムついたかなぁ?

 

こんななぞなぞがありました。「レコードの溝は片面に何本あるでしょう?」

何千本?いや何万本?

 

 

 

答えは一本。渦巻みたいにつながっていますからね。

ではCDは?

CDの溝はドッド状でつながっていないのできっと何千何万本とあると思います。

 

スチュワーデス物語

40歳前後の人だと「スチュワーデス物語」と言うと、堀ちえみが主演していたドラマを思い浮かべると思いますが、50歳後半の人だと、「アテンションプリーズ」というドラマを思い浮かべると思います。

スチュワーデス物語は一度も見たことないのですが、たぶん基本的に、どちらのドラマもちょっとどんくさい主人公がいろいろ失敗を重ねながらも、立派なスチュワーデスになるまでのストーリーです。

成長物語の定番です。

今はスチュワーデスとは言わず、フライトアテンダントと呼び名が変わっていますよね。

フライトアテンダントはスチュワーデス物語をやっていたころは女性が多かったですが、今は男性も見かけます。

 

アテンションプリーズが放映されていたころは、私は小学生高学年でした。

英語のエの字も知らない小学生ですから「アテンションプリーズ」の意味が分かりませんでした。

授業中かホームルームの時間かどうか忘れましたが、先生が「アテンションプリーズ」の意味知っている人と聞いたら、一人がさも知ったかぶりして「【気を付けてどうぞ】という意味だそうです」と答えました。

さっきも言ったように英語のエの字も知らない私でしたが、「いや、そんな意味で使われていないはず。ドラマでは何かアナウンスする前に言っているから、注意をひくための何かの呼びかけではないのかなぁ」と頭の中をよぎりました。
(因みにGoogle翻訳では「ご注目ください」と出ます)

今でこそ「気をつけてどうぞ」なんて直訳も直訳やないか!と笑ってしまいますが、そのころはおかしいと思いつつも反論する知識もないので黙って聞いていました。

先生はちょっと怪訝な顔でしたが「そうですか」とさらっと流しました。

多分、その子に恥をかかせたくなかったのだと思います。

さすが先生だなぁと今にして思います。

 

アメリカザリガニ

子どものころ川へ行って、アメリカザリガニを取りに行きました。

アメリカザリガニと言うからには外来種で、二ホンザリガニもいるらしいです。

アメリカザリガニは色が赤く、二ホンザリガニは暗い褐色なので、私が捕まえていたのは赤いザリガニ。すなわちアメリカザリガニです。

別にえさを使って捕まえていたのではなく、糸の先に割りばしを折ったのをつけて近づけると、勝手にはさみで挟んでくれるので、そのまま吊り上げます。

捕まえてどうするかというと、別に食べるわけでもなく、バケツにしばらく入れておいて、帰るころにはまた逃がします。

食べないと言いましたが、4年ほど前、中国へ出張へ行ったとき、エビの鍋が出てきました。でもどう見てもザリガニ。茹でて赤くなってしまっているので、アメリカザリガニなのか、それとももしかして中国ザリガニがいるのかわかりませんが、大きさ、形からしてどう見てもザリガニ。。。

一緒に行った日本人とも。「これザリガニだよね」と言って食べました。さすがにあまりたくさんは食べられませんでした。味はあまり覚えてません。

当然エビの方がおいしいです。

別の鍋はカエル。さすがにこれはちょっと私はダメでした。

 

アメリカでもロブスター食べました。あれもエビというよりは大きなザリガニ。

これも伊勢エビの方が断然おいしいと思います。

 

カニ v.s 伊勢エビだといい勝負、あるいはカニの勝ちですが、

ザリガニ&ロブスター v.s カニ&イセエビのタイトルマッチでは、私としては文句なくカニ&伊勢海老チームの勝ちですね。

 

 

 

プラモデルとフィギュア

プラモデル

子供のころプラモデル作ったことある人多いと思います。

でも、私はおこづかいも少なく、買ってもらうこともあまりなかったので、ほとんど作ったことがありません。あっても2~3個かな?

一つだけ覚えているのが、スポーツカーのプラモデル。モータ付きで電池を入れて走るやつです。

私の場合、プラモデルは作る過程が面白いのであって、出来上がってしまうとそのあとどうやって遊んでいいのかわかりませんでした。

凝っている友達なんかは、ちゃんとプラモデル用の塗料も持っていて、色塗って飾ったりしてましたけど、私はそこまでするほどの情熱はありませんでした。

上記のスポーツカーのプラモデルも、走らせているうちにどこかにぶつけて壊れてもうお終い。

そういうことをするもんだから、「プラモデル買ってもどうせ後で壊すだけ」と言われて買ってもらえなくなりました。

フィギュア

なぜかウルトラマンシリーズの怪獣フィギアが子供のころ何個か家にありました。懐かしいところで怪獣ブースカとか。

私が買ってくれと言った覚えは全くなく、もしかししたら弟に買ってあげてたのかな?

私たち兄弟が大きくなったころに、いつの間にかなくなっていたので、どうしたのかと思ったら、母親が友達か誰かの子供にあげたそうです。

そのころはフィギュアの買取とかなかったので、いらなくなったものは捨てるか上げるしかなかったのですが、もし今ブースカとかあったら高く売れたかもしれないのになぁ。。。

馬乗り

今はそんな遊びがあるかどうかわかりませんが、小学校の時、馬乗りという遊びがありました。

二つのチームに分かれて、まず一人が壁に背を向けてこちらを向き、その股の下へ次の人が顔を下にして突っ込み、またその人の股の下に突っ込み連なっていきます。

ちょうどラグビーのスクラムを一列にした感じ。これを馬と呼びます。

何人かが連なったところで、別のチームが一人一人跳び箱のように一番後ろの人の背中に手をついて飛んで、一列にスクラムを組んでいる側(馬)の背中に順番に飛び乗ります。

ほんとはもっと細かなルールがあった気がしますが、基本的に落ちたら飛び乗った人の負け。(下の馬になっている方は揺さぶって落とそうとしてもよい)

前の人が落ちなかったら、次の人がまた飛び乗ってきて、つぶれたらスクラム組んでいる方の負け。

飛び乗られる側は、重たい人が来ると、ヒイ~と身構えます。

また軽くても実の軽い奴は一度思いっきりお尻をあげて、弾みをつけて下ろしながら飛び乗ってきます。

言うなればジャンピングケツドロップ!

馬側はかなり背骨や腰骨にダメージを受けます。

飛び乗ってくる方の骨盤と背骨がまともに当たったら背骨がずれてしまいそうですが、こんな危ない遊びを昔はやっていたのに、怪我するってことはほとんどなかったです。

子供だからだったのか、昔の子供は骨が丈夫だったからなのかどうだったんでしょうね?

今の子供たちがやったらどうなるんだろう。。。。

運動会

小学校の運動会

 

思い出すことが三つ

 

一つ目

幼稚園の弟の運動会と、私の小学校の運動会が重なって、両親は幼稚園の運動会を優先してそっちを見に行っていました。

 

お昼には父が弁当を持ってくるはずだったのですが、その時間になっても来ず、友達は家族とお弁当を食べている中、一人フェンスの外を見て父が来るのを待っていました。

 

それを見かねた友達が(親に言われたと思いますけど)、一緒に食べようと言ってくれたのですが、「いやもうすぐ父ちゃんが来るはずだから」と言って断って待ち続けました。

もう来ないかもと涙が出始めたころに、父が一番下の弟を背負ってフツーの顔してお弁当を持ってやってきました。それからどこでどうやってお弁当食べたか覚えていません。

多分私のことだからふてくされて文句言いながら食べてたんだと思います。

 

二つ目

前回の転校の話の続き。6年生の9月に転入して10月にすぐ運動会。

6年生は鼓笛隊パレード(各自太鼓やハモニカやらシンバルやら持って行進)のプログラムがあったのですが、途中から転入して練習さえしていない私は不参加。

田舎の小学校で6年生は1クラスしかなかったので、一人席に残ってパレード見学。

カスタネットだけでも持たせて出してくれればよかったのに気の利かない先生。

 

また、田舎なので、部落対抗リレーとか言って、学校の校区ごとに1年生から6年生までの各学年代表1人が出て、1年生から順番にリレーする競技がありました。こんな競技はこの小学校で初めて。

 

運悪く、その校区に6年生は転入してきたばかりの私だけ。出ませんと言うわけにも行かず走る羽目に。

そのころちょっと肥満体だった私は足が遅く、私の前の5年生まではいい線(2位か3位)でつないできたのに、案の定、私はあっさり抜かれ、近所の皆さんをがっかりさせてしまいました。

三つ目

4年生の時の小学校の名前が日吉小学校というところでした。

人文字と言うプログラムをやらされました。

4年生を3つの組に分けて、パレードしながらカタカナで「ヒヨシ」と言う形にして並ぶのですが、そもそも空から見れば文字になっているのがはっきりわかりますが、同じ高さで見た場合は、「できたのは、人文字 ”ヒヨシ”です」と先生が言って、見に来ていた父兄の人たちが、やっと「あぁ」と分かるだけです。

 

また、そのころ人文字という言葉を知らなかったので、一文字と勘違いして、「ヒヨシだから三文字なのに。。」と疑問に思っていました。

 

先生もちゃんと生徒に説明してほしかった。

 

 

 

 

 

転校

以前、引っ越し貧乏のところでも書きましたが、小学校を3回転校しました。

小学校3年生から小学校4年生に上がる時の4月が1回目。

小学校4年生から5年生へ上がるときの4月が2回目。

最後が小学校6年生の9月。なので、最後の小学校には卒業までの半年ちょっとしか行っていません。

1年間以下しか通っていない学校の卒業証書なんてもらってもなぁ。。と子供心に不満でした。別にその証書が後で役に立つわけでもないのですが。

 

お医者さんなんかは、医学部卒業証書を待合室に飾ってあったりしますが、普通の大学の卒業証書は実際にはほとんど役に立ちません。就職の際に必要なのは卒業証明書です。

学生課に請求すると発行してくれます。A4サイズの1枚物です。

 

場合によって、成績証明書などの提出が求められたりしますが、この成績証明書は封印されており、手提出前に本人が開けると、改ざんされる可能性があるためか、相手先に提出するまで開けてはいけないみたいです。

提出する必要がなくなったときに、試しに中を見てみると、あまりいい成績ではなかったことにちょっとショックを受けました。それでも卒業できたのでいいですが。(笑)

 

話を転校に戻しますと、転校は正直あまりしたくありませんでした。

せっかく慣れたと思ったら、次の環境。土地、言葉(方言)、友達、先生も全員入れ替わり。(実際入れ替わったのは私ですが)

 

子供のころは地方によって方言があることさえ気がつきません。

周りのみんなが話しているように話しているだけです。

 

大阪から東京へ転校した際、ちょうど国語の授業で方言についての内容で、先生が私に「ちょうど大阪から来た彼に読んでもらおう」と、私に国語の教科書を読むように指示しました。

 

別に、教科書に書かれた内容を大阪弁に翻訳?して読めと言われたわけではなく、そのまま書いてあることを声に出して読んだだけなのですが、読み終わった後、「やっぱちがうなぁ」と周囲の友達の声。

読んだ本人は、普通に読んだだけなのに「何が違うの?」

この後私は最初大阪弁というあだ名で呼ばれることもあったのですが、別にそれでいじめまで発展はせず、いつかそのあだ名は忘れられ、名前で呼ばれるようになりました。

 

そのころいじめがあったのかどうかわかりませんが、幸い私は転校生ということが理由でいじめには合いませんでした。

みんな結構転校生と言うことで最初は親切にしてくれますし、私も、あまり人見知りしない性格なので、すぐ溶け込んでいくことができました。

私は、小学校の時の転校だけだったですが、中学校、高校の転校だったらうまくやってこれたかどうかわかりませんけど。

 

今だと、いじめにあったり、人によってはなかなか溶け込めずに学校に行くのが嫌になったりする子供もいるかと思います。

 

子供は世間の広さを知らないことが多いですから、学校に行かなくなると他に行くところがないと思い、ますます引きこもってしまいがちです。

今なら不登校児のフリースクールや海外留学など、学校へ行かなくてもいろんな可能性があります。

いじめや不登校が増えた現在、学校に行かなくても他の可能性が用意されてきたいい時代というべきか、私の昔のように、まだ子供にそれほどストレスもなく、陰湿ないじめが少なかった時代がいい時代だったのか。どっちが良いのかわかりません。

しかし、将来を背負って立つ子供たちのが家に引きこもっていたり、外の世界を見なくなるよりは、まだ世界は広いと思えたり、自分から環境を変えて、居心地のいい世界もあるかもしれないと考え直すチャンスがあることはいいことではないでしょうか。

 

 

黒電話

大学時代、携帯電話などなかったので、下宿に電話を引いていました。

 

そのころはダイヤル式の黒電話です。

当時電話を引くには、NTTから電話の権利債権を買わなくてはならず、それが7~8万円ぐらい?していたと思います。

電話債券屋さんもあって、そこで買うと少し安くて5万円ぐらいだったかな?

下宿を出て、電話が必要と無くなった時には、もちろん買った時より安いですが、また買い戻してくれました。

 

黒電話のいいところは停電になっても電話をかけることができるぐいらいですかね。

電話番号のメモリー機能もないし、ダイヤルから指が滑って途中で戻ってしまった場合は、再度最初からダイヤルしなくてはならないし、不便極まりないです。

 

日本の警察は110番、消防署は119番ですから、急いで呼びたいときに、ダイヤルが9や10から戻るのを待つのはイライラすると思います。

 

一説によれば、9&10からダイヤルが戻る間に心を落ち着かせるためと聞いたこともありますが、緊急事態で掛けているのですから、やっぱり早くかかって出てほしいですよね。

 

ニュージーランドは111番、お隣のオーストラリアは000番の様です。

ダイヤル式の電話だったら、オーストラリアでEmergencyの電話をかけて一回目の0が戻ってくるまでの間に、隣のニュージーランドではもうつながってますね。

 

海外に旅行に行くときは、その国のEmergency番号を調べておいた方が良いと思います。

 

昔は、表題の黒電話が必ず家に一台あったものですが、今家に固定電話がない方多いのではないでしょうか?

携帯があれば何とかなりますからね。

車のチョークレバー

最近、30代の同僚に、車のチョークレバーについて面白い話をラジオで言っていたので、話そうと思ったら、出だしのところで「チョークって何?」って聞かれました。

 

なぜか?

なぜなら最近の車にはチョークがない!オートチョークになっている!

チョークがオートになったからチョークレバーが無い –> 無いものが何か知る由もない。

ジェネレーションギャップを感じました。

 

チョークとは、冬の寒い時などにガソリン混合濃度をあげてエンジンをかかりやすくする物です。このガソリン混合濃度を上げるために、昔は手動でチョークレバーを引いてエンジンを始動し、エンジンが温まったところで元のチョークを戻します。

 

ちなみに私のバイクにはまだチョークレバーが付いており、ミニの写真のようなつまみがキャブレター(空気とガソリンを混ぜる場所)のところについています。

このチョークレバーが車のダッシュボード左下の方についてて引っ張ると約2㎝ほど、出てきます。

 

出だしの、ラジオで言っていたチョークレバーで面白い話というのは、ある年配の女性が、車の燃費が悪いと車屋さんに車を見てくれないかと言ってきたそうです。

 

エンジンを調べるとどこも悪くないのですが、車のチョークレバーが引き出されたままになっていたのを発見しました。

車を持ってきた女性に話を聞くと、仕事に行くときにはそのレバーを引いてバッグをひっかけていたそうです。

すなわち、チョークレバーの働きを理解せず、ただの衣文かけとして使用していた。(笑)

 

前述のように、チョークはガソリンの混合比を高めますから、通常よりガソリンの消費が多い ⇒ そのまま走っていたら燃費が悪くなる。 当たり前です。

 

この調子でいくと、最近ほとんどの車がオートマチックですから、もし、全部がオートマチックになったら、クラッチって何?変速レバーって何?の時代が来るかもしれません。

しまいに全部電気自動車になったころには、さらに今のガソリン/ディーゼル車部品用語が消えてなくなるのではないでしょうか?

 

ゴジラ映画シリーズ

昔らか今も人気のゴジラ映画。

初めて映画館で見た映画もゴジラ映画でした。

 

母と兄弟、そして母の友達とその子供連れで映画館へ。

見た映画は、「ゴジラ対キングギドラ」だったか「ゴジラ対メカゴジラ」のどっちか覚えてないのですが、一つ覚えている出来事があります。

 

切符を買おうとして窓口に並ぼうとしたら、大学生のような眼鏡をかけた天然パーマの お兄さんが近づいて来て、安いチケットありますけど買いませんかと母親に声を掛けました。

いわゆる「ダフ屋」です。

 

初めて映画に行った私は、本来のチケットがどんな形をしているのか知る由はなかったのですが、そのお兄さんが見せたのはなんだか小さい電車の切符みたいだったので、子供心に「これほんとにチケット?」と疑りました。

子供心に、「絶対だまされている。お金払ってそのチケット買っても入れるかどうかわからないし、入れないと気付いた時には、その兄ちゃんとんずらしているに違いない」と思い、絶対母もそんな怪しいチケットは買わないと思っていたら、あっさり母とその友達はそのダフ屋の兄ちゃんからチケット買いました。

 

安さにはかなわなかったらしい。

そのチケットをもって恐る恐る(しているのは私だけでしたが)入場口に行くと。。。。

 

あっさり入れました。本物だったんだーと肩の荷を下ろした私でした。

 

最近はネットで映画見ることができるようになってほんと便利になりました。

ダフ屋でチケット買う必要もなく、いつでも好きな時に好きな映画が見られる。

国際線の飛行機に乗ると好きな時に映画を見ることができますが、好きな映画があるかどうかは運しだい。

ただ、動画サイトによってはその好きな映画があったりなかったりするので、いろいろ選んでみる必要があると思います。

 

ちなみに、海外にいたときに日本の動画配信サイトに申し込んだことがあるのですが、見れないんですよね。日本国内だけのサービスの様です。